1985年、自民党の綱領見直し

※ 本書は朝日新聞より抜粋。括弧付けの年月日はその時の抜粋日と頁)

 

(1985/4/8 P2)

自民党の綱領見直し

週内に作業着手

「性格」「使命」など全面

自民党は結党三十周年を迎え、党の綱領や政綱などの基本文書を見直す方針を打ち出したが、そのための「政綱等改正委員会」(井出一太郎委員長)は週内に初会合を開き、具体的な作業に入る。立党の基本精神である、「現行憲法の自主的改正」の旗印は降ろさない見透しだが、経済情勢の認識、外交情勢などで現状と合わなくなっている表現を全面的に書き直し、「二十一世紀に向けたニュー自民党」に衣替えしようというもの。しかし、戦後政治の評価ひとつをとっても党内には多様な見方があり、不確定な要素も多い。

 

路線で対立の要素も

 綱領などの見直しは、田中秀征氏ら若手議員の発案で、金丸幹事長が政綱等改正委員会をつくり具体化するよう指示した。委員会のメンバーは、各派閥の中堅、若手議員を中心に二十人程度で、井出委員長のほか、委員長代理に渡辺美智雄幹事長代理、事務局長に海部俊樹副幹事長が内定している。見直しの対象となる基本文書は、昭和三十年十一月十五日の結党時に「立党宣言」とともに発表した「綱領」「党の性格」「党の使命」「党の政綱」など。十一月の結党三十周年を目標に全面見直しに踏み切ることになった。

 まずこと三十年間に起きた内外情勢の変化で時代遅れの規定や表現が目立つ。たとえば「政治は混迷を続け、経済は自立になお遠く、民生は不安の域を脱せず、独立体制はいまだ十分整わず・・・・・・」(党の使命)といったように。また政綱では、すでに実現して久しい「国際連合への加入促進」が外交課題として残っているなど、チグハグも少なくない。

 いちばん論議を呼ぶと見られる改憲規定については「憲法改正は錦(にしき)の御旗(みはた)であり、降ろさない」(金丸幹事長)との前提で作業が進められる予定。①経済力の拡大に伴う国際社会の中での役割②「西側の一員」としての外交姿勢③行財政改革の推進と新たな国民負担のあり方、をどのような表現で盛り込むかが焦点となりそうだ。

 戦後の自民党政治をどう評価するか、つまり、中曽根首相のように「戦後政治の総決算」を掲げて全面的な見直しの対象とするか、それとも、例えば、「戦後政治の継承」を主張する宮沢総務会長のような立場をとるかで、見方が分かれることも予想される。その場合、作業は「陳腐になった表現の見直し」(幹事長)にとどまらず、基本的な政治路線をめぐる論争になりかねない要素もはらんでいる。

 自民党は、十年前の結党二十周年の際にも「政綱改正起草委員会」をつくり、政綱見直し問題と取り組んだことがある。しかし、この時は「現行憲法の自主的改正」をどう改めるかをめぐり改憲派と護憲派が対立して、結局、まとまらなかった経緯がある。

 

 

 

(1985/10/3 P2)

改憲派の反発は必死

自民党の新綱領案 行革など首相色も

 

 自民党政綱等改正委員会が二日まとめた特別宣言・政策綱領案は、経済復興、国連加盟など戦後処理的な色彩が強かった旧政綱を全面的に改め、「二十一世紀を目指し、新しい時代に合った内容」(渡辺美智雄小委員長)との位置づけだ。「国際国家日本」の強調、行財政改革や教育改革の推進など、中曽根首相の意向が強く反映した内容となっている。一方、自民党内で対立がある憲法問題については「現行憲法の自主的改正」という「錦のみ旗」(金丸幹事長)がやや色あせた印象となったが、党内タカ派を中心とする改憲推進派の反発は必至で、この表現通りにすんなり党議決定されるかどうかは微妙だ。

 

 戦後四十年の節目を迎え、戦後政治の総決算を唱える中曽根首相は、改正委員会の作業に強い関心を寄せ、自ら筆をとって草案を手直ししたといわれる。

 首相が進めている行財政改革を通じた「小さな政府」づくりや、教育改革の推進が重点目標として掲げられ、「自立・自助・勤勉・感謝・連帯・奉仕・覇気、創意などの気風の維持と強化」「東西文明の融合による世界的文明創造への挑戦」など、首相好みの言葉が随所にちりばめられている。

 だが、政府・自民党の立場から戦後政治を見直す場合、つねに大きな論争になるのは現行憲法をどう評価するのか、という問題。小委員会の議論のなかでも、この問題の取り扱いが、最後まで焦点となった。

 この問題で中曽根首相は、「議員としては改憲論者」との立場。金丸幹事長も委員会の作業が始まる前に「立党の精神はあくまで尊重すべきだ」と注文をつけ、結党以来、掲げ続けてきた改憲姿勢の堅持を明記するよう求めた。

 しかし、新しい文書を起草した田中秀征氏らの小委員会の構成メンバーの多数を占める若手議員は①現行憲法は国民の間に定着している②現実に、憲法改正を迫られるような差し迫った問題はない③具体的にどの条項を改正するかの議論が詰まってないのに、改憲姿勢だけを強く打ち出すのはおかしい④「改憲」をうたわなくても、「見直し」の表現を使うことで、改憲推進勢力の納得もえられるはずーーなどと主張した。

 つまり、憲法九条と自衛隊の関係や、閣僚の靖国神社公式参拝問題などは、事実上の”解釈改憲”で切り抜けてきており、それで特別の問題がないのだから、いま自民党があえて「改憲」を強調して国内の対立をあおるのは得策でない、との考え方だろう。

 これに対して、かつての「青嵐会」のリーダーで党内では改憲派と見られてきた渡辺小委員長は、今回はまとめ役としての立場からとくに異論をはさまず、また、党内ではハト派とされる井出一太郎委員長や海部俊樹事務局長も、若手議員の動きに理解を示す立場をとった。

 その結果、「絶えずして厳しく憲法を見直す努力を続ける」との表現で党内改憲勢力に配慮した表現をしながら、あからさまな「改憲」という言葉は避け、「今後とも憲法の原則と精神を尊重する」として、改憲推進の姿勢がぎらつくのを抑える考えをにじませた。中曽根首相も二日午後の井出委員長の報告に「よく出来ているのではないか」と述べたという。

 同案は今後、党の政務調査会や総務会など党機関に諮られ、党大会で正式決定される運び。すでに党内の改憲派議員は「改憲の旗を明示しないのは問題だ」と反発する構えを見せている。憲法問題の最終的な扱いは、これから本格化する見通しだ。

 

 

 

二日まとまった自民党の特別宣言と政策綱領の原案要旨は次の通り。

 

[特別宣言]

 日本はかつてない繁栄期を迎えつつある。しかし、この未曾有(みぞう)の繁栄も国際化と人口構成の高齢化などの諸要因に照らせば決して永続的なものではない。したがってこの時代に生きるわれわれには、自ら繁栄の恩恵に浴するだけでなく、後世のために、また国際社会のために、必要な国家的事業を成し遂げる義務と責任が課せられている。

 日本は、新たに明確な目標を設定し今後幾世代もの将来を念頭に社会体制、国土の構造、教育制度、生活の形態、外交姿勢などに独自の基調と様式を形成していくときだ。アジア太平洋の新たなる発展時代と東西文明の融合により、世界的文明の創造に向けて挑戦すべきときだ。

 一、国家と国民の多様な努力を通じて、日本が世界に貢献し、国際国家として名誉ある地位を築くことを目指す。

 二、権利とともに義務を、自由とともに責任を自覚する”自立と責任の時代精神”を掲げ、自主・独立の気概に満ちた国家と国民た るを目指す。

 三、核兵器の廃絶、全面軍縮の理想に向かって着実な前進に努め、恒久平和の実現に寄与する。

 四、国土の有効な活用を図るとともに、自然の恩恵と役割を厳しく見直し、災害に強い国土、美しい景観にあふれた国土の創造に取り組む。

 五、豊かさと快適さに加えて、生きがいと落ち着きのある生活の実現を目指す。技術者会の進歩の功罪を見極め、民族の個性を尊重し、家庭と地域社会の役割を重視し、人間の尊厳に立脚した新しい日本文化の礎を築く。

 

[政策綱領]

一、わが党の基本姿勢

(1)職業、性別、宗教、信条などのいかんを問わず、すべての国民に対して平等に開かれ、かつ国民の信頼を基盤としてその負託に全力で応えることを決意した国民政党である。

(2)常に国家の独立を確保し、国民の長期的な安全と繁栄を保障する責任政党である。

(3)人間愛に基づき、平和主義、自由主義、民主主義、議会主義、国際協調主義を貫き、それらより深くより充実した展開を図る自由民主主義の政党である。

(4)日本の歴史と伝統を守るとともに、時代が要請する諸改革を断行して旧弊を断ち、新たにわれわれの時代よりよき文化的・社会的成果を盛り込むことにより、わが国の歴史の進歩発展に寄与することを目指す保守政党である。

(5)全体主義を排し個人、企業、団体、地方の自由で責任ある行動を確保するとともに公共の福祉と社会的公平を規範として、私権の乱用、強者の専横を抑え、公正な国民福祉の増進に努める。

(6)明るく、温かく、誠実な人間関係に支えられた道義性の高い社会を築くため、家庭と地域社会の役割を重視する。

(7)今後とも平和主義、基本的人権の尊重、主権在民等の日本国憲法の原則と精神を尊重するとともに、それらが時代の変動に即して有効に発揮されるよう絶えず厳しく憲法を見直す努力を続ける。

(8)一部集団の利益や圧力に併合することなく、常に”全国民のための政治”を目指し、節度と自制、廉潔と品格を旨とし、高い政治倫理を追求する。

二、わが党の政策綱領

(1)名誉ある国際国家

日本の国家的利益を守るとともに、世界に貢献することを外交の基本姿勢とし、国際国家として名誉ある存在となることを基本目標として外交を展開する。国連憲章及び国際連合の諸活動を最大限に尊重し支持するとともに、いわゆる自由主義国との連帯と協調を外交関係の基軸とし、アジアの有力な一員としての誇りと自覚をもって国際社会に参画する。

 資源小国、通称国家としての認識に基づき、経済協力をはじめ国際社会における平和協力を推進し、核兵器の全廃、全面軍縮の理想を追求し、相互依存関係の発展、自由貿易の拡大に努め、東西関係並びに南北関係の融合に寄与する。

 国民自らの意思と努力に基づいてわが国の独立と安全を保障する体制を整備する。総合的な安全保障政策の着実な推進を図るとともに、専守防衛の原則にのっとり、必要な防衛力を整備し、併せて日米安全保障条約の円滑で効果的な運用を図る。わが国固有の領土である北方領土の早期変換の実現に努める。

(2)自立と責任の国民精神

①自立と責任の精神、困難に挑戦する気概、社会に貢献する姿勢、祖国愛、人道主義、豊かな心、高い道義と礼節、広い国際感覚を合わせ持った新しい世代の育成を目指し、そのための教育改革を推進する。

②社会経済の衰弱を招いた先進諸外国の轍を踏まず将来にわたって社会的な若さと活力を維持するためには、自立と責任の国民精神は不可欠な基盤である。責任転嫁、過剰な依存心などの風潮を排し、自立・自助、勤勉、感謝、連帯、奉仕、覇気、創意などの気風の維持と強化に寄与する。

③青年と女性の社会的役割を重視する。

④家庭基盤の充実を図る。人間愛、敬老の精神、思いやりの心にあふれた家庭並びに隣人社会の構築を促す。

(3)新しい経済飛躍

①【小さな政府】財政危機、高齢化の進行、社会的活力の衰弱などに備え、国民的協力を得て一層の行財政改革を推進し、健全な財政の確立を図る。官と民、国と地方の役割分担を見直し、より民間に、より地方に役割を委譲し、簡素で効率的な”小さな政府”を目指す。

②【経済飛躍の新時代】国民福祉の増進と世界経済の発展に寄与するため、自由経済、市場経済の原則に立って完全雇用の実現に努め、インフレなき経済の持続的成長を図り、内需・外需の拡大均衡政策を推進し、自由貿易体制の維持、発展に努める。

③【経済飛躍の条件】科学技術の振興、省資源、省エネルギーの推進、代替エネルギーの開発に努める。健全な労使関係を維持し発展させるとともに、勤労者の生活条件、労働条件の改善に努める。中小企業の育成強化に努める。

(4)社会資産の蓄積

①災害に強く均衡のとれた国土づくりに取り組む。②生活環境の整備・拡充を図る。③美しい日本列島をつくる。

(5)長寿社会の到来を念頭に、世代間の負担の公平を配慮し、国民の自立・自助と社会連帯の精神に基いて、医療・年金をはじめ社会福祉制度の整備・充実を図る。

 ②食量の案提供給を確保する。

 ③ゆとりと落ち着きのある生活を目指す。

 

 

(1985/10/7 P2)

-ペリスコープ- 

 

○・・・二日夜、東京・赤坂の料理屋で自民党中曽根派幹部の稲葉修元法相と評論家の細川隆元氏が中曽根首相を囲んで懇談した。稲葉氏は当憲法調査会会長で、党内でも指折りの改憲論者。当然、話題は、この日の夕方発表された自民党の新しい政策綱領原案の中で、「立党の原点」だったはずの「現行憲法の自主的改正」の表現が消えて「絶えず厳しく憲法を見直す努力を続ける」と改められたことに。いきまく稲葉氏に対して、首相も「憲法改正の火は消してはならない」と応じたという。

○・・・首相は、その数時間前に、首相官邸で党政綱等改正委員会の井出一太郎委員長らから原案の報告を受けた際、「よく出来ている」と語り、憲法の部分についても特に異論をはさまなかったとされている。どちらが首相の真意か定かではないが、党内の改憲派議員らは「原案はもともと改憲論者である首相の意向にも反している」と受け止めている。会長に岸元首相、副会長に金丸幹事長や藤尾政調会長らが名前を連ねる自主憲法期成議員同盟は三日の緊急理事会で「現行憲法の自主的改正」の表現削除に「絶対反対」を決めた。稲葉氏の憲法調査会も九日に正副会長会議を開いて反対の意思表示をする予定。十一月十五日の結党三十周年記念式典を前に、なにやら不穏な空気が漂い始めている。

○・・・この問題では十年前の結党二十周年に政綱改正が検討された時も、河野洋平氏(現新自由クラブ代表)ら当時の若手議員が「改憲」の表現を和らげようとして改憲派の強い反発に遭い、結局、政綱改正が見送られた経緯がある。それだけに今回は原案づくりの作業が始まる直前の今年三月、金丸幹事長が「憲法改正のにしきのみ旗は降ろさない」とクギを刺していた。十年前の二の舞いを演じないように、というわけだ。

○・・・だが、原案を起草した田中秀征代議士ら若手議員は「憲法問題を避けて通らず、真正面から取り組んでみよう」との考えに立って作業にかかった。戦後四十年を経て現行憲法が定着したことを前提にすれば、「改憲派といっても、現行憲法が制定時に逆上って無効といっている人はいないし、護憲派も未来永ごう憲法を変えてはならないというわけではない。自民党内に憲法で対立状況があるというのは錯覚だった」(田中秀征氏)というわけだ。だから、原案についても「全党的な支持が得られると確信している」という。

○・・・新しい政策綱領原案は、党議決定されるまでに、政務調査会、総務会の論議を経なければならない。そこで、原案支持の若手議員らと改憲派議員の間でどんな論議が交わされるか。まとめ役の党幹部の間では「自主的改正」でも「絶えず見直す」でもない、両者の中間的な打開案を模索する動きもある。「改憲なんて非現実的」という若手議員の声と「占領下の屈辱を知らない若い者には、何を言ってもわからないのかもしれん」という党長老のつぶやきが入りまじる中での政綱改正論議には、党内の世代交代の流れも反映しているようだ。

 

 

(1985/10/21 P2)

自民党の新政綱づくり

燃えない憲法論議

議員意識も多様化

 

「現行憲法の自主的改正」か、「絶えず厳しく憲法を見直す努力を続ける」かーー自民党の新しい政策綱領づくりの作業は、政綱等改正委員会(井出一太郎委員長)がまとめた原案のうち、憲法に関する部分に対し党内改憲派議員から異論が出され、党の正式な案として決定できない状況が続いている。ただ、原案が発表されてからの動きの中で目立つのは、この問題に対する党内全体の関心の低さ。与野党の勢力比からいって改憲を具体的な政治日程に乗せられる環境にない、という事情だけではなく、こうした根の深い政治的なテーマは敬遠しがちな最近の議員心理も反映しているようだ。

 

国民に定着・票稼げず

《目立つ空席》「現行憲法の自主的改正」との表現を削除した原案を起草したのは田中秀征氏ら若手議員。「自主的改正」の表現復活を求めて巻き返しを図っている改憲派議員の主なよりどころは、党の正式機関である憲法調査会と、任意団体の自主憲法期成議員同盟の二つ。

 憲法調査会では、メンバーの多くに「憲法問題を扱う最も権威ある機関」という自負が強く、新しい政策綱領原案を検討した九日の正副会長会議でも「憲法をめぐる問題なのに、改正委だけで作業を進めたのはおかしい」という不満が噴出した。

 ところが、この”名門”も熱心に活動している顔ぶれは、稲葉修会長や奥野誠亮副会長、福田派の若手議員らに限られている。九日の正副会長会議でも原案への反発は出たには出たが、出席者の数が少なく、結論は持ち越し。原案反対を正式に打ち出すはずだった十七日の総会では、護憲派の大石千八、白川勝彦氏ら若手議員が押しかけて議論は平行線となり、結局、態度は決められなかった。

 一方、憲法調査会の応援団のような存在である自主憲法期成議員同盟も、三日に開いた緊急理事会の出席議員は稲葉、奥野両氏ら数えるほど。「初当選したとき、付き合い程度の軽い気持ちで入会したが、別に活動はしていない」(田中派中堅)という議員が大多数のようだ。

 《ヌカにクギ》いまひとつ気勢が上がらないのは改憲派だけではない。党政務調査会が自民党の全国会議員を対象に調査票を配布し、原案について何か意見があれば記入して提出するよう求めているが、集まりは悪い。十七日の鈴木派総会で、護憲派の立場をとる伊東正義氏が「意見を聞かれているのだから、ちゃんと答えようではないか」と呼びかけたのに、多くの議員は戸惑いの表情。「私のところにはまだ用紙が届いていない」「そんな調査会は知らない」という声が次々と上がって、出席者の中で既に提出したのは伊東氏だけらしいとわかった。

 「意見が出ないということは、原案でいいという党内の空気の表れ」(同派幹部)との見方もあるが、護憲派が多いといわれる鈴木派内でも、関心のない議員が大部分だったわけで、この問題をめぐって積極的に意見を交換しようという空気はどの派閥でも希薄だ。

 《時代の流れ》政綱改正は十年前の結党二十周年の際にも検討された。このときは、現新自由クラブ代表の河野洋平氏らが中心となってまとめた草案に故中川一郎氏や渡辺美智雄氏、玉置和郎氏ら青嵐会グループが猛反発、「自主憲法制定をうたわなければ脱党する」という騒ぎになった。

 当時、青嵐会グループとやり合った一人が、護憲派の大石氏だが、その大石氏は十七日の憲法調査会総会で「政策綱領では、そもそも憲法問題に触れる必要がないと思う。どうしても入れるなら原案でもいい」とぶった。前回の論争から十年たち、現行憲法はますます国民の間に定着し、今や、自民党が改憲を公約して掲げる意味は失われた、といいたいわけだ。

 こうした党内の空気について長老の一人は「改憲するとすれば、第九条の『戦争の放棄』条項と自衛隊との関係が焦点になるが、与野党の勢力比からみて改正を発議できる状況にない。しかも、実態として防衛上不都合はないということが、憲法問題への関心を薄めさせている」と分析する。自民党議員にとって、選挙で勝ち抜くには、憲法問題よりも公共事業の誘致に力を入れる方が得策、との考え方が党内に浸透していることも、こうした傾向に拍車をかける。様変わりを見せる憲法論議の背景には、議員の意識変化や価値観の多様化などに見られる時代の流れが押し寄せている事情がありそうだ。

 

 

 

(1985/11/3 P3)

真相ー深層

 

「憲法」めぐり二転、三転

 

自民新政策綱領づくりの舞台裏

護憲・改憲論争重ねたが

党内燃えぬまま折衷案

 

結党三十周年の自民党は今月十五日で、これまでの党綱領など基本文書に代わる「特別宣言」と「政策綱領」を採択する。立党の原点とされる「現行憲法の自主的改正」の旗印を盛り込むかどうかをめぐって、原案から最終案まで二転、三転。結局、「自主憲法の制定は立党以来の党是である」との表現で旗印を残すことになったが、この間の舞台裏を探ると、改憲政党の自民党内にも、世代交代の進行に伴って、さまざまな考え方が出ていることが改めて浮き彫りになってくる。

 

自民党の新しい政綱づくりに取組んでいた党政綱等改正委員会(井出一太郎委員長)が十月二日にまとめた原案のたたき台は、一年生代議士の田中秀征氏(鈴木派)が起草した。かつて石田博英元労相の秘書を務め、新自由クラブに在籍したこともある田中氏は、若手議員の間では、学究肌のリベラリストとして知られている。

 その田中氏が八月二十一日に改正委員会に提出したたたき台案は「日本の再建と発展に貴重な役割を果たした日本国憲法を今後とも尊重していくとともに、憲法の精神が効果的に発揮されるように時代の変化に応じて絶えず厳しく見直す努力を続ける」となっていた。この春、改正委員会の発足にあたって、自民党の金丸幹事長は「憲法改正は、にしきのみ旗であり、当然、そのまま置いておくべきだ」と注文をつけていたが、田中氏としては「時代は変わった。憲法尊重をうたっても、党内で受け入れられるはず」との判断があった。

 改正委員会には、熊川次男(中曽根派)、野呂昭彦(河本派)、中川秀直(福田派)、佐藤信二(田中派)各氏ら現行憲法のもとで育った若手議員が多い。田中氏のたたき台をめぐって熱っぽい議論が交わされたが、「憲法尊重」の部分には、「とても受け入れられないだろう」との異論が出て、改正委員会原案のように修正された。

 この過程で、中曽根首相は改正委員会小委員会の渡辺美智雄氏(中曽根派=幹事長代理)を通じて、逐一、報告を受けていた。自ら筆を執って、原案全体で「二、三十ヶ所ぐらい手直した」(党幹部)。だが、憲法の部分に限っては、改正委員会の若手議員らは原案通りとするよう強く主張し、「改憲論者」を自認する首相の意向を押しとどめた。首相は「ちょっと困るな。自主的改正の旗印を降ろすのは」と困惑しつつも、「まあ党にまかせよう。いろんな機関があるから、そこを通して決めてもらえばいい」とつぶやいていた、という。

 党で憲法問題を扱う正式機関である憲法調査会の稲葉修会長(中曽根派)は、改正委員会原案が発表された十月二日夜、たまたま中曽根首相と都内の料理屋で顔を合わせて。稲葉氏もまた、自分の知らないうちに原案が決められたことに「憲法調査会長の意見も聞かないとは何ごと」と憤慨していた。首相と稲葉氏は「憲法改正の火を消してはいかん」と話し合った。

 翌三日、改憲派議員の集まりで、岸信介元首相が会長を務める自主憲法期成議員同盟の緊急理事会が、稲葉氏らも出席して開かれ、「原案に絶対反対」を決めた。

 そして、党憲法調査会を舞台にした改憲派の巻き返しは九日から始まった。稲葉氏は、原案を引っ込めて、「現行憲法の自主的改正」をうたった旧綱領の表現に戻すことを狙った。だが、意見取りまとめは、ことのほか難航する。

 憲法調査会には奥野誠亮(無派閥)、森潤(福田派)、玉沢徳一郎(同)、村上正邦(中曽根派)各氏ら改憲派の論客が名を連ねているが、正副会長会議で大筋の合意ができても、総会の場でそれを確認しようとすると、「憲法尊重」を主張する白川勝彦(鈴木派)、丹羽雄哉(同)、大石千八(中曽根派)各氏ら、いわゆる自民党内護憲派の若手議員が真正面から論争を挑んでくるためだ。例えば、十七日の総会ーー。

 奥野誠亮氏 今の憲法は米国から押しつけられたものだ。「自主的改正」は自民党の党是であり、変えるべきではない。

 白川勝彦氏 憲法を改正する場合に自主的でないことがあるのか。「自主的」にこだわる必要はないし、それを盛り込むのは反対だ。 玉沢徳一郎氏 自主憲法制定は自民党の憲法のようなもの。それが必要ないというような人は、党を出て行けばいい。

 白川氏 すぐ出て行けという改憲論者がいるが、まるでヤクザみたいじゃないか。

 こんな雰囲気の中で、稲葉氏は、正副会長会議と総会を三回ずつ開き、双方を取りなす折衷案を模索する。「憲法の自主的改正は、立党以来の党是」という決着案は、三回目の案。改憲指向を明確に打ち出してはいるが、読み方によっては、自民党が改憲を党是にしているという当たり前の事実を説明したに過ぎない。改憲派、護憲派ともに不満を残しつつ、どうにか矛を収められる内容である。

 稲葉氏は十月中旬から下旬にかけて、衆院議員会館などでしばしば改正委員会の井出委員長と話し合っている。稲葉、井出の両氏は、旧改進党で同じかまのメシを食べた時代から気ごころの知れた仲間同士。どの辺を落としどころとするか、二人の間で暗黙の合意が合った、と党内では受け取られている。

 一方、憲法調査会の結論を待っていた藤尾政調会長も稲葉氏から説明を受け、三十日の藤尾氏と井出氏の会談で「稲葉案で決着」の方向を打ち出した。

 三十一日の憲法調査会総会で稲葉案は「半数が支持」(稲葉氏)にすぎなかった。それでも双方が矛を収めたのは「井出さんのカオも立てねばならない稲葉さんの立場を考えて」(奥野氏)ということだったようだ。

 その間、党内の空気はーー。

 藤尾政調会長は十月八日の政調審議会で、「党の基本にかかわる大事な問題なので、国会議員全員の意見を聞こう」と提案、自民党全議員に原案を配った。賛否両論が殺到する、と藤尾氏は思った。が、締め切りの十四日までに寄せられた意見書は八通。締め切りを一週間延長したのに意見を申し出たのは最終的に二十四人。「憲法問題には、関心がなくなったのかねぇ」と、藤尾氏は嘆息した。

 

 

(1985/11/14 P4)

憲法尊重薄れた新政綱

田中秀征・自民党代議士

 

自民党は十五日の立党三十周年記念式典で、同党の基本認識や目指すべき方向を示す「特別宣言」と「政策綱領」を発表する。一年生議員・田中秀征代議士の提案で、半年がかりでまとめられたが、現行憲法の扱いをめぐり改憲、護憲両派が最後まで対立し、原案から二転、三転した。終始渦中にいた田中氏に新しい政綱の狙いや、憲法をどう受け止めるのか聞いた。

(梶本彰 記者)

 

ーー今年一月の自民党機関紙・自由新報に投稿したあなたの「新政策綱領をつくるべきだ」との論文がきっかけで、策定作業が始まりました。この問題に興味を持ったのはなぜですか。

「昭和三十年の自民党立党の際、保守合同の立役者だった故三木武吉翁(当時、総裁代行委員)は『この体制も十年ももてば十分だ』といってます。立党宣言にも『十年後の世界を目標に描いて』と書かれています。自民党はイデオロギーに縛られない政党なのだから、本来は五ー十年ごとに新政綱を作り、時代の要請に柔軟にこたえていくのが、何よりの立党精神だと思ったからです」

 

体制選択ケリ

 

ーー確かに立党から三十年たったのに、旧態依然ではね。

「昭和六十年、戦後夜十年、立党三十年という節目にやらないと、見直す機会を失ってしまうと思い、結党後に育った若い世代も共鳴できるものを、と提案したわけです。党の基本問題で、たとえ一年生議員の意見でも、よければ採用する政党は、ほかにはないでしょう」

ーー旧政綱には「経済自立の達成」とか、「国連への加入促進」などがうたわれ、時代遅れの点が目立ちました。

「旧政綱は『反共対決』という政治認識にたっていました。当時は米ソ冷戦の最中でしたし、日本の政治体制として何を選択するのか、未決着だった。食うか食われるかの時代で、保守合同も自由主義体制の確立を大義名分としていたし、無理からぬことでした」

ーーところが、今度は違うぞというのですね。

「そう。体制選択の問題は『六十年安保』で勝負がついてしまいました。四十八年の石油危機のころ『自共対決』という局面があり、自民党内にも分裂の危機があったが、その後、自民党政権は確固としたものになった。つまり、野党に対して完全に勝負がつき、闘う相手を失っているのが現状です。だから、二十一世紀を目指した新たな目標を打ち出そうというのです」

ーー新政綱の原案を作った政綱等改正委員会では、火付け役が責任をとれということで、あなたが試案を書きました。何を一番訴えたかったですか。

「これから二十一世紀までの十五年間は、日本歴史の中でもこれまでにない豊かな、輝ける時代になると思います。たまたま、この時代に生きる私たちは、この豊かさを思う存分享受できるが、と同時にこれを国際社会のため、また次の世代のために役立てる義務と責任がある、ということを盛り込みたかった。特に次の世代は、本格的な高齢化社会に直面します。この世代に災害に強く、美しい景観にあふれた国土や、ゆとりのある生活環境を残さなけれななりません。国際的に名誉ある国民となり、日本歴史の中で名誉ある世代になろうというわけです。この点は同僚の共鳴を得て、新政綱の底流となったと思います」

 

そう重視せず

ーー現行憲法について旧政綱は「自主的改正」をうたっていたが、原案で「絶えず厳しく憲法を見直す努力を続ける」に改めました。やはり憲法問題に一番神経を使ったのでしょう。

 「実は、憲法問題はそれほど重大視していませんでした。旧政綱にも平和主義、民主主義、基本的人権尊重の原則はうたわれています。ところが『改憲』という姿勢だけが表に出て、誤解を与えているのではとの懸念もあったので、憲法尊重の姿勢をもう少しはっきり出そうとしました」

 ーーそれが改憲派議員の逆鱗に触れた。

 「よく護憲派と改憲派の対立といわれますが、改憲派の人も法治国家の一員として現行憲法を尊重しているし、護憲派だって未来永劫に一字一句変えていけないとはいってない。現行憲法を尊重し、悪いところは直そうという点では同じです。旧憲法に戻せという主張は、全く論外ですが」

 ーーそうすると、若手が中心の政綱等改正委員会で憲法部分はあまり論議にならなかったのですか。

 「関心はもっぱら今後どういう国家事業をしていくのかに集まり、憲法はあんまり議論にならなかったし、異論もなかった。『自主的改正』といっても、改正は自主的にやるものだし、何でここにこだわる人がいるのか不思議な感じがしました」

 

原案には自信

ーー苦心して作った原案は、政調会や憲法調査会など、あなたの手を離れた段階で大幅に手直しをされ、結局最終案には「憲法の自主的改正を党是としている」と、旧政綱と同じ調子に戻されました。

 「原案に自信を持っていたし、『良い案を作ってくれた』と多くの同僚から激励も受けただけに、不満です。あれでは、自民党が憲法改正を検討する党である以上に、憲法を尊重する党だということが国民に理解してもらえるか、不安が残ります」

ーー世代の差を感じましたか。

 「確かに明治憲法下で育った世代と、私のように物心ついた時には新憲法が太陽のごとくあって、それを信じ尊重してきた世代とは、受け止め方が全く違いますね。私は憲法が公布された二十二年に新制小学校に入学しました。あと五年、十年たって私たちが力をつければ、自民党は様変わりしますよ」

 ーー改憲派は一番問題にしているのは、戦争放棄をうたった憲法九条ですが、あなたはどう解釈していますか。

 「どう読んでも自衛隊を作れとは書いていませんね。が、持ち得ると解釈することは可能だと思います。確かに現行憲法にも手続き面などでおかしなところはあるし、今後、時代に合わない面が出てくるかもしれない。今までのイデオロギー的な憲法論争は乗り越え、建設的な改正論議ができる環境づくりは必要だと思いますね」